思顔堂

思顔堂の百年の歴史を振り返る

華東政法大学長寧キャンパス内、聖ヨハネ大学の近代建築群の中で、思顔堂(現在の40号館)はきわめて重要な歴史的価値を持っています。この建物は竣工以来、建築史と教育史の双方に重要な足跡を残してきました。聖ヨハネ大学に現存する最も早期に竣工した校舎の一つとして、中国近代大学建築の典型的な姿を示すだけでなく、1913年に孫文が演説を行った史跡として、中国近代史を物語る実物の証しとなっています。

       思顔堂の現況写真

思顔堂は1903年に建設され、1903年12月24日に隅石が据えられ、1904年10月1日に竣工式が行われました。この建物は3階建ての煉瓦木造構造で、全体の様式は中国と西洋が融合したものです。正面は青煉瓦の化粧積みで、外廊には赤煉瓦のアーチが配され、屋根は中国式の勾配屋根となっています。

「思顔」という名は、聖ヨハネ大学に貢献した顔永京氏を記念するために付けられました。顔永京は中国近代の著名な教育者であり、武昌文華書院(現在の華中師範大学の前身)および聖ヨハネ大学の創設者の一人でもあります。

                     顔永京の歴史写真(画像出典:『人民日報』海外版)

しかし、この建物を歴史の舞台へと押し出したのは、1913年2月1日のことでした。この日、思顔堂では聖ヨハネ大学の学期修了式が行われ、当時の中華民国初代臨時大総統であった孫文氏が招かれて出席し、大講堂で演説を行いました。
1904年の思顔堂竣工から、1913年の孫文の演説、さらに2019年に全国重点文物保護単位として公布されるまで、思顔堂の百年にわたる歩みには、上海の近代高等教育から新中国の法学教育へと至る軌跡が凝縮されています。この建物は、すでに読み解くことのできる、多声的な歴史のテキストになっていると言えるでしょう。